最後の曲は「My Singing Life」 です

あの日、私はコンサートが終わった後も一日中、また次の日も次の日も、時田さんの歌声が心から消えず響き続けておりました。また今日こうしてお手紙を書き直しておりましても、あの時のあの場面が浮かぶと心が高まる思いです。特に最後のホームレス風の男の人の話と「ふれあい」という歌では胸が熱くなりました。そして一番最後、題名はなんだったのでしょうか「乾いた心に歌は一杯の水」という歌詞の歌を聞いた時には、音楽の良さはまさにこれなんだと、心に太陽が差し込んだようでした。私も普段は子供達にピアノを教えているのですが、これほどに音楽で、人に感動を与えてはいなかったという自分が少し恥ずかしくなりました。いっしょに聞かせていただいた生徒たちや、保護者の方々からも「あんな力強くもありやさしくもある歌声を聞いたことがなかったので驚き感動した」という人、「ピアノが何故あのように上手く弾けるの?」という人。そして松陽中学校には障害児学級もありまして、どういう理由で車イス生活になったのかはわからないのですが、体の不自由な生徒がおりまして、その子がおわった時に涙をいっぱい出していたと聞きました。みんなそれぞれの思いで時田さんの歌声が心に響いたのだと思います。本当にいい出会いがあって、この企画が成功できましたことを心から感謝致します。
時田さんの今までのご苦労は大変なものだったと思いますが、このように人に感動を与えるお仕事ができることは素敵ですね・・・・抜粋

松陽中学校PTA

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